養老の滝
-公園駐車場から2km 徒歩25分、養老駅から徒歩40分-
滝の水が酒に変わったという「孝子源丞内」の昔話を秘め、古来、文人墨客に親しまれてきた名瀑で、日本の滝百選に選定されています。高さ30m、幅が約4mあり、岩角を打って流れ落ちる水は清冽で、夏なお肌寒さを感じさせます。
養老の滝
□孝子物語
むかしむかし、この美濃の国に貧しいけれど年老いた父をいたわり、それはそれは大切にしている樵がいました。ある日、薪を採りに山に入りますと、苔むした岩間から、酒の香りがただよってくるのです。ふしぎに思ってなめてみますと、酒の味がします。喜んでその水をひょうたんにつめて持ち帰り、老父に飲ませますと、この上もない良い酒だといってたいそうな喜びようです。この父と子の笑いさざめく寿の声は、やがて奈良の都にまで聞こえていきました。時の帝、元正天皇は「これは孝行の徳を天地の神々がおほめになったのであろう。」と、天皇御自身この多芸の野におこしになり、その酒になったという美泉に浴され、「美泉は醴泉であり、若変りの水です。私自身若々しくなりました。」とおおせになり、このめでたい年を記念して、80歳以上の老人に授階や恩賜があり、孝子節婦を表彰され、年号を「養老」と改められたのです。
(続日本記・古今著聞集より)
養老神社
美濃国神明帳に養老明神。永正元年(1504)菅公を合祀して、菊水泉のほとりにあるので菊水天神とも呼び、明治の初期養老神社と改称、北の行宮跡(神社)から元正・聖武天皇祭場を奉移しました。
養老神社
菊水泉
霊亀3年(717)、元正女帝は奈良の都から行幸になり、自ら飲浴され、「老いを養う霊泉」と元号を養老と改められました。
養老山地から湧き出るミネラルを含む水は、世の中をくくり結び、病に効く「菊水泉」と名付けられ、日本の名水百選に指定されています。
菊水泉
不老ヶ池
菊水泉の水が流れる小川に沿って行くと、元正天皇行幸遺跡の手前にあります。不老ヶ池の名の通り養老名水を象徴する清らかな水をたたえているので、ハリヨというトゲのある小魚が繁殖しています。秋の紅葉が絶景の地域です。
不老ヶ池
養老寺
「孝子源丞内」が開いた寺とされ、不老長寿を祈願する参拝者が訪れます。西美濃三十三霊場の二十五番札所。
宝物殿の「十一面千手観音立像」は奇木造の像高98cm、鎌倉初期の優雅な面貌の作で、国指定文化財です。「滝守不動明王立像」は、木造の立像で高さ97cm。岐阜県の指定文化財です。
養老寺
竹類見本園、薬用樹見本林
竹類見本園は、岐阜県出身の竹類研究家である故坪井伊助氏が愛育されていたもので、養老公園内不動橋近くにあります。
また、公園近くの唐谷の県有林には、岐阜県が薬用樹の栽培・普及等の目的で整備した薬用樹見本林があります。
竹類見本園、薬用樹見本林
養老説教場
真宗東本願寺、美濃・尾張の信者の金品の寄付によって、明治13年に創建。次の年、厳如法王の下向に際して門信徒が道普請に参加して、観瀑道路を完成しました。
養老説教場
日蓮宗 妙見堂
日蓮宗身延山別院妙見堂は、明治17年、この地方の雨乞い祈願の寺として建てられました。
県指定寄木造の釈迦如来立像は、像高三・五五メートル、蓮華座一・三三メートル県指定の釈迦像では最大の像です。
日蓮宗 妙見堂
東海自然歩道・養老山
日本武尊は、伊吹山の賊を滅ぼすも負傷しながら養老山麓の路を伊勢に向かい、能褒野(現・亀山市)で生涯を閉じたとされています。この道は「みゆき道」ともよばれ、今では東海自然歩道として整備されています。
養老山は、養老公園の背後にある標高859mの山です。年間約1万人の登山客があります。
東海自然歩道